『おばあちゃんの客』
ひろわ
 僕・勝(まさる)は小学五年生で、妹の有夏(ゆか)は二年生だ。時々、取っ組み合いのけんかもするけど、まあまあ仲は良い。
 日曜日、僕たちはパパのおじいちゃん家へ、電車に乗って遊びに行った。僕の家がある駅から、六つ目の駅だ。おじいちゃんは、会社を定年になってから、家の近くの畑を借りて野菜を作っている。おばあちゃんは、今日もまた、お客さんが来ていて、客間で話をしていた。僕の小さい頃から、おばあちゃんを訪ねて来る人は多かったのだ。だからいつも、邪魔をしないように僕たちはおじいちゃんと畑に行き、野菜をもいだり、蝶々やバッタを追いかけたりして遊んでいる。

 今日も遊び疲れて、帰りの電車に乗り込むと、運良く空いている席に二人して座れた。
 電車が動き出してしばらくすると、中年の男の人が前の車両から、こちらへ移ってきた。血だらけで、白いワイシャツが赤く染まっている。僕は思わず隣の有夏の手を握った。
 男は座っている乗客たちの前に立ち、端から一人ひとりの顔を覗き込んでは、首を振り、悲しそうな声を上げている。皆は、本を読んだり、眠っているかのフリをして、誰も男と目を合わそうとしない。車掌さんを呼びに行こうとする人もいない。
「お兄ちゃん……」
 有夏は、握り合った手にギュッと力を入れた。じっとりと汗ばんでいるのが伝わる。
 男は、その声で僕たちに気付くと、何人かを飛ばして、急ぎ、こちらへやってきた。頭を強く打ったのか、顔の右半分がひどく潰れている。男は僕の前に立ち、身じろぎもせず、ただじっと見詰めてくる。僕は、ひたすら俯いて、この場をなんとか遣り過ごそうとした。次第に息が詰まってくる。恐る恐る顔を少し上げてみると――目が合った。
「おっちゃん、ケガ大丈夫か?」
 僕の声は、情けないほど震えている。
「ずっと、探していた……助けてくれ」
 男は、すがりつくような形相で、声を絞り出した。僕は、何とかしてあげたいと、心から思った。でも、ゆっくりと首を横に振る。
「あかんねん。僕には、でけへんのや」
 男は、絶望の悲鳴をあげた。
「なぜ? 俺が視えるんだろ……君たちは、俺らを助ける人なんじゃないのか」
「まだ、大人じゃないから、資格が」
「そんな……やっと巡り会えたのに……」
 男は左半分の顔を歪めて慟哭し、後ろの車両に肩を落として消えていった。
 おそらく、飛び込んだあと、この電車に囚われて、何年も、何十年も車両の中を彷徨っているのだろう。
「行ったよ」
 僕が囁くと、有夏はコクンとうなずいた。

 家に帰り、ドアを開けると美味しそうな匂いが漂ってきた。
「あ、カレーだ」
 有夏が、嬉しそうに報告をはじめる。
「ねえ、パパ。帰りの電車の中で変な男の人に会うてん。兄ちゃんにだけ助けてくれって」
「勝にだけ?」
「おかしな人やね」
 横からママも話に加わってきた。
「それがね、ママ。血だらけの人やってん」
「また、すぐばれるような嘘ついて。そんなケガした乗客、他の大人たちが放っておく訳ないやろ。さ、手を洗ってご飯を食べなさい」
 僕は有夏に目配せをして、洗面所へ誘った。勢いよく水を出しながら、僕は隣で手を洗っている有夏に、こっそり耳打ちをした。
「アホやな、あんなん言うたらあかんやろ。パパやママ、そしておじいちゃんは、おばあちゃんや僕らと違ごうて、視えない人なんやから……いつか、僕らも、お客さんを迎えるようになるんやで」
 有夏は、わかったという様にコクンとした。
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