陽ざしは、やさしかった。
まだ、春は浅い。
ひんやりとした朝の空気の中で、陽の当たったところだけが、暖かかった。
彩香は、昨夜の気だるさを感じながら、身体を起こして、ベッドの端にすわった。
かすかに寝息が聞こえてきて、ゆっくりと振り返ってみる。
隣には、彼が眠っていた。
彼の柔らかなほほに、手の甲を当ててみる。
ピクンと彼は動いた。だが、目覚める様子はない。
若い肌だった。
羨ましく、まぶしいほどの若さだ。
しかし、こんなことをいつまでも続けていていいものかどうか、彩香は不安だった。
夫には、不満はなかった。
でも、何かしら物足りない。
それが何なのか、今の彩香にはよく分らなかった。
自分は世間的に幸せなほうだと思う。それなのに、この物足りなさはどうしてなのか……。
彩香の夫は三歳年上で、サラリーマンだ。
職場では、若手に混じって働き盛りである。
専門的な営業職なので出張が多く、行くとなると必ず一晩泊まりになるのだった。
彼は、夫の出張を知ると必ずやって来た。
いつも、私たちは手をつないで二階に上がる。昨夜も彩香が先に寝室に入り、彼をベッドに招き入れようとした。が、なにをためらったのか、なかなかベッドに入ってこようとしない。
仕方ない。彩香が彼の名前をやさしく呼ぶ。
彼は、弾かれたように抱きついてきた。
「ああ……」
ベッドが悲鳴をあげた。
彩香は、大きく伸びをした。
こんなにゆったりとした朝は、久しぶりだ。
夫はいないし、忙しい彼も今日の予定は入っていない。だから「明日の朝は、ゆっくり寝かせてあげるね」と彼に約束した。
二人だけで過ごせるこの幸せを、彩香はまだまだ楽しみたかった。
その時……。
玄関の方でガチャガチャと、音がしたような気がした。
「まさか!」
寝室の扉を開け、階段の下をのぞくと、そこには夫の姿があった。
彩香は声をあげそうになり、あわてて口をおさえる。(彼は、まだ寝ている……)
後ろ手に扉を閉め、急いで階段を下りた。
「どうしたの、夕方じゃなかったの」
声がうわずり、つい詰問調になってしまう。
「昨日のうちに契約が取れてしまったんだ。そのご褒美に上司が休みをくれたから、朝一番の新幹線に乗ったのさ」
にこやかに語った夫は、次の瞬間、顔色を変えた。
何かを感じたように、大またで階段を上がっていく。
彩香は必死に夫を止めようとしたが、間に合わなかった。
バシン!
扉が大きな音を立てて、開けられた。
夫は、寝室の中に入り、ベッドの掛け布団の端をつかんで、思いっきり引きはがす。
遅れて部屋に飛び込んだ彩香は、とても正視できずに両手で顔を覆った。
彼は眠そうな目をこすりながら、夫を見た。
あまりの驚きに、声を失っている。
凍りついた空気の中、彼が言い放った。
「ボク一人で寝る約束を破ったのは悪いけど、ママがね、来ていいよって……。それに、今日は幼稚園が記念日でお休みだから、朝寝坊させてあげるってママが約束してくれたんだ……起こすなんて、ひどいよ、パパ!」