『同窓会点描〜甘い記憶〜』
まあさ
 慶子は、あけぼの中学校の卒業三十五周年学年同窓会に出席していた。
「全員、起立願います……それでは、物故者を偲びまして、黙祷!」
 司会者の声にあわせて、慶子は目を伏せる。そうか、柿本君が去年、亡くなったのか……。

 柿本君といえば優しいぶん、おとなしくて気が弱く、クラスメートにからかわれ易かった。中学2年のころ、そんな柿本君が好きだという親友のサチにせがまれ、慶子は彼女の声色で、よく電話をかけたものだ。
「今、何しよっての?」
「羊羹、食べとう」
 この会話だけ、なぜか鮮烈に記憶している。
 高校生になった慶子は、日曜の昼下がり、よく駅前の本屋で立ち読みをしていた。そこで別の高校に通う柿本君にばったり遭い、小一時間も延々と立ち話をした。やや、ねとっと絡み付くような話し方で、渾渾と色んな自分の夢が湧き出てくるようだった。彼がこんなにも熱く喋る人になっていたとは、意外に思う。次の週も同じ本屋で立ち話をする。
 その次の週、彼はいなかった。
 会社勤めしていたころ、通勤電車のなかで柿本君によく出会うようになる。老舗洋菓子メーカーに勤めていた彼は、ひとの話にじっくり耳を傾ける、成熟した大人になっていた。
 それから十数年ほどのち、慶子は離婚してあけぼの市の実家へもどり、家業の店を手伝うことになる。ある日、近所に新しくオープンしたというケーキ屋さんに立ち寄ってみた。注文した品が包装されるのを待ちながら、真新しい内装を見まわしていて、奥のガラス越しで作業しているケーキ職人にハッとした。
「あれ、柿本君ちゃうの」
 すでに慶子に気付いていたらしい柿本君は仕方なしにという、よそよそしい態度で店先へ出てきた。会社を辞めて製菓学校に行き、修業していたパリで知りあった女性と結婚。帰国してから、妻とこの店を開いたと簡単に説明し、彼はすぐに厨房へひき返していった。
 こんな商売、クチコミ第一なんやし、同じ地域に住む同級生の友達はもっと大切に扱った方がええと思うわ、と慶子は、レジにいた奥さんにひとこと告げて帰る。
 シュークリームは大きくて、バニラ・ビーンズを使った本場の香り高いものだった。ところが、月日が経つにつれて、なぜかシューは小さくなり、クリームも減っていき、遂に店は閉まった……。

「黙祷、おわり。ありがとうございます」
 しめやかに着席するなり、隣にいた旧友のサチが慶子に耳うちしてきた。
「柿本君、嫁さんに逃げられて、酒浸り。借金取りやろか……誰かに脅えて、住む所も転々と変えてやってんて」
「ふーん、気の毒に」
「えらい冷たいな。慶子、柿本君のことが大好きやったくせに」
「それは、サチの方やろ」
「よういうわ。中学生のとき、慶子は柿本君と話したいけど、恥ずかしい言うて、私のふりして電話してたやん。高校のころは、彼が行きつけの本屋、見つけては通ってたし、お勤めしてたころなんか、アイツの通勤時間まで探り当てて、つきまとってたやん」
 サチの言葉に、慶子は自分の甘い記憶を、少し苦く修正しなければならなくなった。
「そういえば……柿本君のケーキ屋にも毎日通ったわ。評判だったシュークリームも、もっと美味しくなるように、あれこれ注文をつけてあげたんよ。それに奥さん、商売に慣れてなかったから、良いアイデアを思いついたら、深夜でも家に電話かけて、みっちりアドバイスしてあげたんよ。そやのに、三年もせんうちに、店閉めて。私の情熱、返してほしいわ。黙って夜逃げせんでも、ええやん……って、柿本君、私から逃げたんかしら……」
clipimg