コンテスト参加作品(5)
『初盆』
トシオ
 健太は、三か月ぶりに自宅へ戻ってきた。
 初めてなので、どうなることかと迷いはしたが、迎え火を頼りに、たどりついた。
 まずは二階の窓から直接、自分の書斎に入る。読みかけの本や、日めくりカレンダーがそのままになっていた。
「あぁ……」。健太は大きな息を漏らして、愛用の椅子に腰を落とす。この部屋は今も、時間が止まったままなのだ。
 一階の和室から、何やら話し声が聞こえてくる。誰が訪ねてきているのか確かめようと、健太は足音を立てずに階下へ降りた。
「だけど、信ちゃん、よく最後まで、主人を騙し続けてくれたわねえ。ありがとう」
 妻の由利子が、ニッコリと話しかけている。
「由利ちゃんも、よく辛抱したよ。僕との秘密、健太に気づかれずに済んだからね」
 膝を突き合わせて、笑っているのは信一だ。
 和室を覗いた健太は、ドキリとした。
(もしかして、俺はあいつらに……?)
 今年六五歳になる三人は、幼稚園からの幼なじみである。高校時代、由利子と信一は同じ吹奏楽部で恋仲だった。だが、信一が地方の大学へ行って遠距離になったのを機に、健太が強引に由利子を横取りしてしまったのだ。大学を卒業して、すぐに親の商売を引き継いだ健太は、由利子の気が変わらないうちにと結婚した。十年前に、この地へ里帰りしてきた信一は、なぜか今も独身を貫いている。
 健太の胸に、いやな想像が現実味を帯びて押し寄せてきた。
 由利子と信一は、新しい仏壇の前に座っている。健太は、自分の気配を消して、二人に気付かれないよう仏壇の後ろに隠れた。
「治ると信じ込んでいる主人が、かわいそうで仕方なかったわ」
「健太の性格を利用したんだ。おだてりゃ有頂天になるし、気落ちすると、とことん沈み込むからね」
「それにしても、信ちゃん。最後の注射、よく効いたわねえ。苦しまずに、逝ったもの」
「僕の思ってた以上に、完璧だったよ」
 大学病院で健太の最期を看取った主治医は、内科部長の信一だった。
「私たちの犯罪から、もう三か月……初盆よ」
 抑えきれない憤怒が、健太を貫く。
「あら?」「由利ちゃん、どうした?」
「いま、あの人の位牌がコトリと音を立てて傾いたの」

 今年の二月、健太に胃がんが見つかった。ひどい腹痛で信一の診察を受けたとき、精密検査をして分かったのだ。
「信一、俺は入院なんかいやだ。商売も息子に渡したし、これから由利子とゆっくり温泉めぐりでもして余生を過ごしたいんだ」
「信ちゃん、主人を助けてやってよ」
「わかった。温泉旅行を中心とした、特別な療養計画を立ててみる」
 その一か月後、信一は健太にレントゲン写真を見せた。がん細胞が小さくなっている。処方されている薬も効果を発揮しているようだ。二か月後には更に小さくなっていた。健太は、意気揚々と次の温泉地に由利子と旅立った。しかし、その旅行から帰って来た夜中に健太は急変する。由利子は、すぐに救急車で健太を大学病院に運び入れ、信一を呼んだ。あの注射を打ってもらうために……。

「他人のレントゲン写真を見せて、快方に向かっているなんて、騙されて。主人、やっぱりかわいそうだったわ」
「由利ちゃんには事前に伝えておいたけど、精密検査で分かったときには、もう末期で手遅れ状態だったからね」
「あの人、何も知らずに温泉めぐり、堪能したんじゃないかしら。最後のモルヒネもよく効いて、眠るように旅立ったのよ。信ちゃん、主人になり替わって、お礼を言うわ」
 由利子が頭を下げる。信一は涙をこらえた。
 (二人とも、ありがとう)。健太は叫んだ。
 新しい位牌が、もう一度、コトリと動いた。
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