コンテスト参加作品(16)
『肝試し』
 僕が村のはずれの神社に着いたとき、卓也は先に来て、鳥居を背に待っていた。満月が上る深夜だというのに、空気が湿って生温かい。走ってきた僕のTシャツは、汗をかいてねっとり体に張り付いていた。
「ねぇ、健ちゃん、やっぱり行くの?」
 卓也が訊いてくる。卓也の青白い顔を見ると、にやにやと笑ってしまいそうになった。
 僕は卓也を虐めていた。

 海辺の小さな村に住む僕たちは家が近く、同じ小学五年生だったので、いつも一緒にいる。でも、大柄で力の強い僕に比べて卓也は体が小さく虚弱で、何をするのもトロかった。
「当り前だろ。友達だから、二人で行くんだ。誰にも見られなかっただろうな」
「うん」
 卓也が頷く。どんなに酷いことをされても、卓也はにこにこと笑って付いてくる。
 夏休みに入り、僕の虐めはエスカレートしていた。今日の昼間も一緒に海で遊んでいたのだ。泳げない卓也は、ちょっとでも背の届かない場所にくると動転して手足をばたばたさせる。その仕草が面白くて何度も深みに誘い、最後には突き飛ばして置き去りにしてきた。それでも卓也は、こうして、夜も約束していた神社に現れた。
 肝試しを兼ねて、これから崖の上に立つお地蔵さんを見に行くつもりだ。このお地蔵さんは海で亡くなった子供を供養するために奉られているのだが、満月の光を浴びると血の涙を流すという噂があった。それを確かめに行く。もちろん、僕は赤い涙なんて信じていないし、興味もない。でも、卓也が恐がって怯える無様な姿を見たかったのだ。
 
 神社の奥には石を埋めた階段がある。僕が先に立って進んだ。夜の深い闇の中、僕は邪魔な枝葉を掻き分けながら急ぎ足で登った。後ろから、ひいひいと息を切らせて泣きながら、卓也が必死に追いかけてくる気配がする。いい気味だ。やがて、木立のすき間から海が見えてきた。いきなり潮風が吹き上げ、腐った魚の臭いが鼻につく。なぜだか、背中がぞわりとした。やっと、最後の石段を駆け上がると、視界が開けた。崖の上に出たのだ。
 僕は後ろを振り返る。すると、遅れているはずの卓也が、そこに立っていた。汗ひとつかかず、呼吸も乱れていない。僕は「くたびれた」なんて言えなくなり、細い崖の道を先に歩いた。背後から、卓也が声をかけてくる。
「なんでお地蔵さんは赤い涙を流すのかな」
 岩に当たる波のザザンザザンという音が、僕を呼んでいるみたいに聞こえる。
「そんなの知らないよ」
「きっとね……寂しいからだと思うんだ」
「バカ。石の塊(かたまり)が、そんなこと思うはずないだろ」
 崖の突端に立っているお地蔵さんの背中が見えてきた。
「着いたぞ」
 足を踏み外さないように注意して、僕はお地蔵さんの正面に回り込んだ。恐る恐る、満月に照らされた顔を覗き見る。お地蔵さんは普段と何も変わらず、涙なんて流していない。
「やっぱり、噂だったんだ」
 ホッとして、僕は横にいる卓也を見た。
「う……」。思わず、息をのむ。
 卓也の目から赤い涙が流れていた。
 そして全身が、大雨を被ったかのようにびしょ濡れになっている。
「一人で海の底にいるのは寂しいよ。健ちゃんもおいでよ。ねぇ、友達だろ?」
 そんな声が僕の脳裡に聞こえ、海底で溺れて一人ユラユラしている卓也の姿が浮かんだ。
 僕を引きずり込もうと、卓也が手をこちらへ伸ばしてくる……。

「健ちゃん、大丈夫? 崖から落ちそうになって――ボクの手が届いたから良かったけど。さっきは、赤い目薬で驚かせてゴメンね」
 卓也の声で意識が戻った僕は、肝の冷えを思い出し、「もう卓也を虐めるのはやめよう」と固く心に誓ったのだった。
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