コンテスト参加作品(20)
『勇者の報酬』
ヒョウ
 今日は調子悪いなあ…。
 真夏の夜、一人で路上ナンパをしていたアキラは溜息をついた。仕事帰りに渋谷に寄り、九人に声かけするも全然ダメ。疲労と暑さで自慢の長髪も鬱陶しい。あぁ、しんどい。ハチ公像も呆れ顔で自分を眺めている。
 あと一人だけ、と物色すると、鞄を下げたスーツ姿の黒髪ショートで童顔の子とすれ違う。年下の二十代中盤か。どストライクだ。
 よし、行こうか──。アキラは右ももを軽く叩き、踵を返して標的を追った。鼓動が高鳴り、緊張がピークに達する。一声一声、命が削がれる感覚。ふぅ。肩を下げて姿勢を正し、相手が鞄を持っていない側から相手の斜め前に出て、驚かせないように声をかけた。
「すみません」
「はい?」
 標的は歩きながら、アキラを一瞥した。
「あの、今お見かけして、すごくタイプだったんで声かけてしまったんですが…」
「えっ」
「いやホント、ダッシュで追っかけてきたんですよぉ」
 息を切らすフリをすると、固かった標的の顔がほころぶ。アキラは、人ひとり分の距離を保ちつつ、前を向き、相手の顔を見すぎないようにして並んで歩きながら話し続けた。
「自分、仕事帰りなんですけど、オヌシも?」
「そうですけど…、いつの時代の人ですか~」
「あー、『キサマ』の方が良かったですかね」
「どっちも嫌ですよ~」
「昔からそうですよねぇ、お母さんも心配してましたよ、あの子は嫌いなものが多いって」
「あはは。なんで母を知ってるんですか~」
 冗談トークの後、アキラが歩みを止めると、標的も立ち止まった。アキラは攻め続ける。
「仕事帰りって、ちなみに何されてる人なんですか? 自分は会社員ですけど」
「デザイナーです。インテリアとかの」
「そうなんですか! めっちゃカッコイイ」
 アキラは大げさに驚いてみせ、畳み掛けた。
「じゃあウチのオフィスの内装お願いしていいですか? 百八円払うんで」
「う~ん、前向きに対処します」
「それ絶対に検討しないパターンですよねぇ。まあ立ち話もなんですし、暑いんでカフェで十分くらいお茶しません?」
「すみません、今から友達と待ち合わせで…」
「え! 友達いるんですか! 初めて見ましたよ、友達いる人」
 吹き出す標的。この場は『バンゲ』(=『電話番号ゲット』の略語)だけ出来ればいいや、と思った矢先、相手から切り出してきた。
「あの~、これってナンパですか?」
「え、いや……」
 唐突で予想外の質問にアキラは内心まごついた。どうにか脳を回転させて切り返す。
「……コウハ、そう、硬派です硬派」
 標的が、カラカラ笑った。
 今だ! アキラは自分のバッグから素早く携帯を漁り取り、「じゃ番号だけお願い、090の?…」と、わざと急かしてバンゲに誘導する。次の瞬間、相手が呟いた。
「あっ、電話だ」
 標的がポケットから着信中の携帯を出す。
 マズい。マズい。マズい。
 電話に出られると間が悪くなるし、いつ終わるかもわかんない……。脳をフル回転させた後、アキラは飼い主に反抗する小型犬のような表情を作り上げ、一か八か言い放った。
「このタイミングで電話出るって失礼じゃないですかぁ。なんかガッカリだなー」
 ──相手の顔には降参の色が浮かんでいた。

 アキラはデパートのトイレの個室に駆け込んだ。先ほどバンゲできた子の特徴を携帯のメモ帳に入力する、いつもの儀式を行う。自分の勇気を称え、今宵もイイ男と巡り会えた運命に感謝しながら。デパートから出た彼女がハチ公像を見ると、少し可愛らしく映った。
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