コンテスト参加作品(23)
『輪舞』
ここ
――こんな事を貴女にお願いするのは筋違いでしょうが、他に頼める人がいなくて恥を忍んでお手紙を差し上げています――
 麻子は、江口由美から送られてきた手紙を読みだした。達筆な文字で綴られた便箋がズシリと重く感じる。手紙を交わす間柄ではないのに、何か思い余った事情があるのか。
 麻子は娯楽雑誌を発行している小さな出版社の記者で、三十二歳になる。「服役を終えた五十代半ばの女性がいるから、話を聞いて記事にしてくれ」と編集長に言われて、江口由美と会ったのは、一年前のことだった。
 彼女は黒いパンタロンスーツに長身を包み、長い髪を括って指定の喫茶店に現れた。快活に笑って喋る姿からは、とても罪を犯して刑務所に入っていた女性とは思えない。
 訊くと、彼女は手口から話を切り出した。
「ハイヒールを履き、毛皮のコートを羽織って都心の一流ホテルのロビーで手持無沙汰に立っておくの。すると、男の人から声がかかって、面白いほどだったわ。部屋に招かれ、隙を見て現金だけ抜き取るとオサラバよ。男性は自分の下心と肩書を知られるのが嫌だから、被害届は出さない。若い頃の私は、男なんてチョロイものだ、と人生を舐めきっていたのよね。歳を重ねてから、その報いが来たわ。重犯だったこともあり、何年も裁かれた挙句、真冬でも裸足でサンダル履きの刑務所へ……あそこは、何度も行くところではない」

――今は、町工場で事務をしています。まっとうな暮らしですが、前科者の刻印がついて回り、冷たい好奇の目と噂に責められて、毎日が針の筵。もちろん、身から出た錆です。
一年前に縁あって私の事を記事にしていただきました。その際、貴女は、こんな私を普通の人のように曇りのない目で接してくれましたね。どんなに嬉しかったかわかりません。日を開けて二度、三度と取材を受けても、貴女の態度は少しも変わらず、私は有難くて、心の中で手を合わせていました――
 麻子は、すでに罪を償った人だし、話上手な彼女の経験談は聞けば聞くほど面白かった。実際に、掲載された記事は評判が良かったのだ。謝礼の領収書を書いてもらった時にサインが見事で、麻子が感心すると由美は笑顔で応えた。「刑務官に、おまえは字が上手だから図書館の作業をしろ、と言われて少しだけ楽をしました。私って、相手の懐に飛び込んで取り入るのが得意なのかも……」。そんな出会いの一年後に突然、届いた手紙だった。

――訳あって五歳の時に別れた娘が盛岡にいます。娘は前科者の私のせいで人生が踏みにじられ、絶対に許せない、会いたくない、と拒否し続けていました。しかし先日、知人から、娘が重い病に倒れ、母さんに会いたいと言っていると知らされました。私は一刻も早く盛岡に行き、許しを乞い、謝り、二十年ぶりに娘をしっかりと抱きしめたいのです。つきましては、何年かかっても必ずお返ししますので、旅費の工面の十万円をお貸し願えませんでしょうか――
 手紙を読み終えた麻子の頭の中は、本当だろうか? 組し易い相手と思われての偽りではなかろうか? 嘘と本当がぐるぐると輪舞する。編集長に見せると「こりゃ、新手だな。彼女は、やっぱり詐欺師だ」と断定し、同僚たちは「本当だったら、可哀そう」「この金額は、なんとも微妙だね」と様々な反応を返してきた。三日間ほど悩み続け、「助けずに悔やむよりも騙されるほうが」と決断した麻子は、手紙を添えて現金書留を送った。
しかし、届いたという連絡は来ない……。

無しの礫で、すっかり忘れていた頃に、お礼状と耳を揃えたお金が送られて来た。三年近くが経っている。麻子は嬉しくて、すぐに弾んだ手紙を送った。すると、受取人不明で手紙が戻ってきたのだ。封筒に記してあった住所は偽りだったのだろう。麻子は、由美の人生も今まだ輪舞の渦中にあることを悟った。
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