エッセー
『磯吉さんの法事』
昭子
 先日、父の二十五回忌の法要が岩国の実家で行われた。二十五回忌にもなると、あの悲しさ、淋しさも落ちついて親族の同窓会的な雰囲気になって来る。
 集まった私たち兄弟姉妹の子供には、どういうことか男の子が圧倒的に多く、三十歳代を中心にして十人もいる。従兄弟同士は賑やかで、少し離れて集まっていて、此方にいる私ども親たちの所にも楽しそうな声が聞こえてくる。航空会社のコンピューターの管理部門にいる甥は、世界の空の安全を一人で担っているような声だ。亡くなった父が医者だった影響からか医師も三人いて、この子たちは昨今の医療事情が話題のようである。
 中にミュージシャンの甥がいる。誰かが「お前、まだ結婚しないのか」と言っている。私はちょっと聞き耳をたてた。三人を除いては皆、独身だ。「うん、どうしょうか、と思うこともあるんだけど。この人が磯吉さんの孫になってもいいのかな? と思うと考えちゃうんだよね」と言った。
 磯吉さんと言うのは父のことで、孫たちは父が亡くなってからは、「おじいちゃん」とは言わないで「磯吉さん」と呼んでいる。同じように、母のことは「おちかさん」である。おじいちゃん、おばあちゃんに一目置きながらも、親しみを込めて、こう呼ぶ。

 父は人間が大好きで、賑やかなことも大好きだった。人が喜ぶと、すぐ調子にのる。名前の示す通り、海辺の育ちである。学生時代は磯吉ではなく海苔吉(のりきち)という仇名だったと笑っていた。町医者は自分の天職だと思っていて、大学から招聘があった時も断っていた。夜中でも休日でも患者さんを診るし、往診もする。大変な寒がりで冬の夜などは衿巻き、帽子、トンビを着て重装備で往く。帰って来ると「往ってよかったよ。あれは放っとくと手遅れだったよ。喜んでくれてねえ」と自分も嬉しそうだった。
 ここに集まっている孫たちは、晩年の父との付き合いである。海釣りが趣味で海岸に小さな舟を繋留していたし、写真も撮りに出かける。日の出が専門で、岬の先や島の間から昇る太陽を撮影するためにタクシーを予約しておく。石を集めはじめると河原から拾って来て、大小ゴロゴロと廊下に並べていた。孫たちは夏休みなどに早朝から起こされて、お伴をさせられた思い出を持っているのだ。何にでも熱中するおじいちゃんを、しょうがないなあと言いつつも、愛すべきおじいちゃんだと思っていたようだ。

 法要のあとは会場を移して会食となった。
 長男である私の弟から「最長老の昭子姉に献盃の音頭を」と指名された。考えてみると父と私とは、この中で一番古い付き合いということになる。突然ではあったが、私はこの孫たちの知らない父を紹介したいと思った。
 娘時代、我が家は両親と六人の子供たちで賑やかそのものだった。特に夕食の時は皆よく喋った。一日のこと、学校や友人のこと、社会の出来事の感想や自分の恋愛、失恋まで何でも話題になる。うかうかしていると話題は人に取られてしまうこともある。喧嘩になると「それは、あなたの方がおかしい」と、皆から言われたら終わりだ。兄弟の間には長幼の序もプライバシィも無いのだった。
 その頃、若い私は父とよく話をした。夜更けの手術が終わった時とか、往診や夜釣り、宴会などから帰って来た時は大抵、長女の私が起きて待っている。一緒にお茶にしながら話を聞くのは楽しかった。
 献盃の言葉には三つの話をすることにした。
 最初は友人に裏切られて悩んでいた時のことだ。私は「父さん、もし友達に裏切られたらどうする?」と聞いた。「友達に裏切られた?」と問い返した父は、一呼吸おいて「俺は裏切るような人間は友達だとは思っていない」と答えた。「そうか! 友達ではなかったんだ」と私の気持ちは軽くなった。
 次は。この時、私は腹が立っていた。「父さん、私ね、人の誠意の判らない人、嫌いよ。誠意の無い人も嫌いだけど」と吐き捨てるように言った。父は何でもないことだと言うように、穏やかに「昭子、それはねえ、受信機と発信機のようなもんだよ。波長が同じだと通じるけど、誠意のない人は、人の誠意を受信することが出来ないんだ」と言った。私は、この言葉に納得をして落ちついた。
 最後の話は、結婚して間もなくの頃のことである。夫の弟が経済的な理由で大学を断念すると言う。私は「私が面倒を見ます」と啖呵を切った。しかし現実に預かってみると、これが如何に大変かを思い知らされたのだった。父に話を聞いて貰ったら、「昭子」と父は優しく言った。「やり甲斐のある苦労はせい」と。だから、私は頑張ることが出来たのだと言った。
 そして、私は但し書きの言葉を付け加えた。「昭子、人生はね、自分のしたことしか返って来ないよ。もしお前が友達を裏切ったら、自分の心から友達を失う。自分が誠意を持たないで人に誠意を求めるのは無理だよ」と。
 話し終えると、甥たちは何だか嬉しそうだった。
「では、磯吉さんに乾盃!」
「乾盃じゃない。献盃でしょ!」と、皆笑った。会場の外では、錦帯橋河畔の桜の蕾が淡いピンクを帯びて来ている。爛漫の春は、もうすぐだ。
 賑やかな『磯吉さんを偲ぶ』一日であった。

(二〇字×一一二行)

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