『女の色気』
撫子
《火種はきつ過ぎた》
 今の亭主でも悪くはないのだが、女というものは、いくつになってもロマンを追い求めるのであろうか。
 広子は、二十年ぶりに高校の同窓会へ出席した。お目当ては昔の恋人、雅人に会うためである。焼け木杭に何とかで、また再燃すれば……という下心が透けて見える。
 いつの間にか隣に雅人が来ていた。
「広子は、いつまでもきれいだなあ」
「あら、お世辞がうまくなったわね」
 もちろん悪い気はしない。
「広子は今、おとなしく主婦におさまっているの?」
「いいえ、私、まだ独身よ」
 雅人の目が光って、小声になった。
「じゃぁ、ここを抜け出してラブホへ行かないか」
「……」
「広子に俺の遺伝子を残して欲しいんだ。え~と、八人め」
「何をバカなこと言ってるの。女を出産マシーンみたいな扱いして」
 ロマンもなにもあったもんじゃないと、広子はプンプンして、同窓会会場を去った。

《不倫ごっこ》
 及川が行きつけの店で独り、グラスを傾けている。
「ごめんなさい、遅くなって」
 扉を開けるなり、息を弾ませた広子は及川の横のスツールに腰を降ろして詫びた。彼は、広子がОLだった頃の上司である。相変わらず、ダンディで渋い。
「奥様の入院、まだ長引いてるの?」
広子はハイボールで喉の渇きを潤してから訊いた。
「妻のことに触れないでくれ。今は、君の瞳だけを見ていたい」
 糸を引いたような切れ長の眼でじっと広子を見つめてくる及川に、今夜も久しぶりに彼の誘惑に負けてしまう自分を想像した。
 及川が、煙草を口に銜える。すぐに、スッとライターの火が差し出されてきた。カウンターの中にいる美人ママさんだ。今度はママを見つめる及川の眼が、異様に炎上している。
「私、用事を思い出したので失礼するわ」
「おいキミ、どうしたんだ?」
 及川の声が背中から素っ頓狂に聞こえたが、広子は無視して店を出た。

《おから》
「ただいま。急いで晩ご飯するわね」
 広子は、我が家に着くなり夫に言った。
「いや、今夜は遅くなると思っていたから、もう先に済ませてしまった」
夫は炬燵に足を入れたまま寝転んで、テレビを眺めている。去年、リストラに遭ったが、親の遺産をあてにして、ぶらぶらしているのだ。
「あら?」
冷蔵庫を開けた広子が、思わず声を上げた。
「“おから”が入っているけど?」
「ああ、隣の奥さんからいただいた」
 またかよ! 中年太りの未亡人で、おかずを作り過ぎたと苦笑いして再々持ってくる。
有難迷惑とは、このことだ。
 広子は炬燵にもぐり込み、冷えた身体を温めようとした。――ん? 何か足に触るものがある。こっそり、足に引っ掛けて取り出してみると、自分の物ではない女の靴下が片方出てきた。いかにも、柄の趣味が悪い。
 夫の方を睨むと、軽い鼾をかいている。狸寝入りかも。この炬燵で何があったのか……。
 よし、明日、この靴下を“おから”の鉢の上へ乗せ、昨夜は主人がお世話になりました、と女の鼻先へ突き返してやろう。どんな顔をするか、とても楽しみだ。

「はい、カット! お疲れさま。三シーンのかため撮りは、きつかっただろ」
「いえ、監督。それより私、ちゃんと女の色気が出せてました?」
「大丈夫、君なら地でいけてるよ」
「まぁ、監督ったら、いやだ、もう」
 女優は微笑んで、意味ありげなウインクを監督に送った。
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