『お手玉』
かの子
「何であんなこと言っちゃったんだろう……」
 可奈子はため息まじりにつぶやきながら、学校の帰り道をとぼとぼと歩いていた。
 さっき、些細な理由で口げんかをした由子ちゃんから「まだ、お手玉できないくせに」と言われたことにムッとして、つい「明日には出来るもん」と言い返してしまったのだ。
 この頃、クラスではお手玉が流行っていて、可奈子だけがまだ一回もできていなかった。練習をしていないわけではないのだが1個でもどうも上手くいかず、さっさと3個できるようになった由子ちゃんとは少し微妙な関係になっている矢先のことだった。
 家へは向かわず、足はなんとなくいつもと反対方向の河原へと来てしまった。草むらにランドセルをどさりと下ろし、中からとりあえずお手玉を取りだして練習してみる。
 ぽんっと勢いよく放り上げたお手玉は、しかし、ぼとりと可奈子の足元に落ちてしまう。
 ぽん、ぼとり。ぽん、ぼとり。
「やっぱり無理だよう」
 可奈子が泣きそうになったその時、突然、川の真ん中がブクブクと泡立った。
 不思議に思って目を凝らすと、ぴょこんと水面から何かが飛び出してきた。全身緑色で背中に甲羅を背負い、頭にお皿がのっている。
「わあああ」
 可奈子が尻もちをつくと、そいつはすぐ目の前へやってきた。
「何やってんのさ」と、お手玉を拾い上げる。
「お、お手玉だけど」
「ふ~ん」
「それよりあんた誰?」
「オイラは河童の河太郎さ」
 そう言うと河太郎は、お手玉をひょいひょいと4個も5個も回し始めたので、可奈子はビックリした。
「オイラの河童の術を使うとこんなの簡単さ」
 それを聞いて可奈子はハッと我に返った。
「ね、私にもその術を教えて」
「別にいいけど、その代りアンタの大事にしている宝物と交換だぞ」
「……」

 次の日、可奈子はいつもより早く学校に着いた。ランドセルを置くとすぐ、可奈子の席に由子ちゃんがやってきて言った。
「可奈ちゃん、昨日の約束を覚えてるよね」
「もちろん」
 可奈子はお手玉を取り出すとポンッと空中に放り投げた。3個、4個、5個と数が増えても、お手玉はまるで観覧車のようにくるくる回っている。由子ちゃんは口をあんぐり開けたまま、その様子を見ていた。いつの間にかクラスの皆もこっちを向いて目を丸くしている。
「すごい、すごいよ」

 放課後、可奈子はランドセルをカタカタさせながら河原へと走った。今日の皆の顔といったら……思い出すだけでもニヤニヤしてしまう。今度は「一輪車」も出来るようにお願いしてみようかな、と思いながら河原に着くと河太郎が見えた。川でプカプカ浮きながら、可奈子が昨日渡したゲーム機に熱中している。
「河太郎!」
 可奈子が呼ぼうと口を開けたとほぼ同時に、川の向こう岸から大声が響いた。ひと回り大きな河童が両手を腰に当てて、河太郎をにらみつけている。
「げっ……母ちゃん!」
「修行サボって、こんな所で何してんの!」
 可奈子がポカンとふたりの様子を見ていると、こちらに気づき「あなたの宝物じゃないの?」と聞いてくる。可奈子がうなずくと、母さん河童は河太郎を引っ張ってやってきた。
「ごめんなさいね。宝物、お返しするわ」
「オイラ、まだ修行見習い中だから術は一日しか効かないんだ」
「えー、そんなあ!」
 母さん河童は、うなだれている河太郎の頭のお皿をぽかりと叩くと、引きずるようにしてざぶざぶと川の中へ戻っていった。
 慌ててランドセルから取りだして放り投げたお手玉は、可奈子の足元にぼとりと落ちた。
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