今年一浪した青年は、しばしのバカンスを楽しもうとS海岸を散歩していた。しばらく行くと、ビーチパラソルに横たわっている二十歳ぐらいの美しい娘に目が止まった。すぐ側には赤いサンダルが砂から半分顔を出している。それを拾い上げると、「これ君のじゃない?」と訊ねた。
「まあ、見つけて下さったの。ありがとう。暑いでしょ、ここにお入りになりません?」
暇だった青年は、すぐに従った。
「ここはよい海ですね。水もきれいで波も静かだ。お一人ですか?」と話しかける。
「ええ、私、毎年夏になるとここに来るの。貴方は、どこから来られたのですか?」
「Y県から、伯父の別荘へ来ているのです」
ふと娘の足元にあるサンオイルを見つけると「コレ、塗ってあげましょうか」と言った。
「あら、助かるワ。背中がうまく塗れないの」
娘の言うままに、青年は丁寧に指で塗ってやった。
「ア! くすぐったい」
娘は押し殺したようにクックッと可愛らしく声を漏らす。
「おや。腕のつけねにイボが五ツある」
「気づきました? 恥ずかしいわ」
「こんな小さなイボぐらい僕が取ってあげますよ。そうだ良い薬が、別荘にある。近くだから今から来ない?」
伯父から借りている別荘は、今や空き家になっている。娘は海浜着をはおると、大人しく青年についてきた。
「これですよ。僕の踵のイボもこれでとれた。まずはためしに一つだけ」と言って青い小さな瓶をみせ、塗ってやった。
「どれぐらいで治るのかしら」
「僕は一日で取れたよ。うまくいけば、明日また次のをやってみよう」
娘は満足して帰って行った。
二日目、青年が海から帰ってくると、なんと娘が別荘の入り口で待っていた。そして包帯が巻かれた腕を恥ずかしそうに出した。
青年は、丁寧に包帯をほどくと、イボはきれいに取れていた。
「うまくいったよ」
「ほんと、不思議。少しも痛くなかったわ」
娘はさも嬉しそうに笑った。
その表情は昨日よりも一段と魅力的で、好意に満ちた感情で美しく輝いて見えた。
「じゃあ、次をやろう」
青年は二つ目のイボの治療に取りかかった。決して全部を一辺にやってしまってはいけない。少しでも長く、この娘に会いたいからだ。
三日目も同じようにイボの治療が終わると、娘は嬉しそうに帰っていった。
そして四日目、四つ目のイボに取りかかる。娘の腕をひきよせ、包帯をほどき、薬を塗り、バンソウコウをはり、包帯を巻くという一連の作業がすむと、青年はもうなにもすることが無くなった。
「とうとう、あと一つになってしまったね」
娘は悲しそうに下をむき、涙をこぼした。
青年は耐え切れなくなり、娘の肩にそっと手をかけ、そのまま引き寄せた。そしてやさしく口づけをした。娘は青年のなすがままになっていたが、やがて振りきって言った。
「私、もう帰らなければ。暗くなると海が荒れるし」
「僕、送っていくよ」
「いいの、大丈夫よ。来ないで」
娘はきっぱりと言い切った。
「じゃあ、明日かならず来てくれ。待っているから」
「ええ、きっと来るワ。最後ですもの」
最後の五日目のイボになってしまった。
青年は心に決めていた。今日は絶対、娘にプロポーズしようと。しかし、その日は台風がきて海が荒れ狂い、とうとう夜になっても娘は現れなかった。
翌朝早く、誰かが打ち上げられているとの人々の叫び声に青年は目が覚め、海岸へとんでいった。波打ち際には、顔を蒼白にした一昨日の娘が下半身、鱗におおわれて横たわっていた。息絶えた人魚の尾びれの先に、子供の小指ほどの五日目のイボが残っていた。