「4枚小説」作品『タクシードライバー』


『タクシードライバー』
案山子
 今夜はツキがないのか、客が拾えない。深夜の三時頃、荒木はあきらめ気味に大阪梅田のネオン街を流していた。すると突然暗がりから男が飛出し手を上げた。
「おっと!」
 急ブレーキで停まり、ドアを開ける。後ろの車が「ピー」と警笛を鳴らした。客が重そうなダンボール箱を抱えて乗ったのを確かめ、すぐ発車。
「尼崎まで……」
「かしこまりました」
 そこで初めて客の顔をミラーで見て「ギヨッ!」とした。そこには、ニターと笑った大きな顔が写っている。よく見るとえべっさんの仮面を被っているのだ。顔を隠す客なんて怪しいに決まっている。強盗?
「お客さん、どうかなさったんで?」
 荒木は防犯スイッチに手を掛けて尋ねた。スイッチを押せば屋根に赤灯が点滅、外には「SOS」が表示される。
「驚かしてすみません、運転手さん。一応、尼崎と言いましたが、出石の手前の和田山まで行ってくれませんか」
「和田山ですか。でも今は先日の集中豪雨で、国道一七六をはじめ、あっちこっち通行止めになってて、ちょっと難しいですね」
「ルートは任せます。私は単身赴任なんですが、すぐまた遠くへ行かなきゃならんので、久しぶりに家族に会っておきたいんです。頼みます」
 柔かく落着いた話しぶりだったので、荒木は一応、客を信用することにした。
「この面は田舎の祭で被る年代ものでして、不愉快かも知れませんが、ちよっと訳があって……まあ勘弁して下さい」と、客は続けた。
 一抹の不安はあるが、タクシーにとって長距離客は神様だ。
「行きます。任せて下さい」
 晩秋の月が煌々と照らす道路を、ひたすら北上する。だが、薄暗い後部席に目をやると、ニヤリと笑っている顔が不気味だった。
 丹波篠山を越え、氷上郡を通過して和田山の標識が出るようになった頃、ようやく白々と夜が明けてきた。
 とある集落を抜けた時、客の記憶が蘇ったらしく、進行方向を指示しだした。狭い道をいくつか曲がり、谷川沿いの二車線の道に入ると、これは県道らしく走り易かった。
 しばらくして、荒木は何か違和感を感じていた。対向車が来ないし後続車も見えない。プロの感覚が「用心しろ」と訴えている。
 山裾を回りこんだ時、前方を見て急停車した。道路の下が抉れ赤土が露出、パラパラと土が谷川に落ち込んでいる。
「危なかった」
 慎重にUターンする。抜け道を行ったため、通行禁止区域に入り込んでしまったようだ。
「運転手さん、子どもさん居てるの?」
 客が話しかけてきた。
「ええ、娘が二人。もう、どちらも大人です」
「私のところも娘二人ですが、まだ小学の六年と三年です」
「可愛い盛りですね」
「確かに可愛いけど、時々、ませたことを言ってびっくりさせられます」
「女の子は父親には理解できないところがありますからね」
「永遠のミステリーですかね」
 二人で一緒に声を出して笑ったことで、荒木は客との距離が随分近くなった気がした。
 しばらく走り、立派な庭のある大きな家の前で停められた。
「世話を掛けました。私は厚労省の役人なのですが、どうも嵌められたようで、汚職の疑いがかけられています。だが私は潔白。必ず証明してみせます」
 話しながら客はダンボール箱を軽く叩いている。そして改めて荒木に言った。
「顔を見なかったということで、できたら今日のことは忘れて下さい」
 表情は分からないが、客の強い意思の力に押され、荒木は大きく頷いていた。

 漠然とした不安はあった。警察やマスコミが嗅ぎつけて接触してくるのではないか? だが今のところは大丈夫のようだ。新聞が厚生労働省の汚職を報じ、三人の顔写真を掲載していたが、この中にえべっさんが居るのかどうか荒木には、分から無かった。ただ、会ったこともないえべっさんの娘たちのことが、しきりに思いやられるのだった。
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