「4枚小説」作品『リタの事件』


『リタの事件』
奏子
「世界で最も美しい人」に選ばれた女優リタ・ビウォット。ケニア出身で大学教授と政治家を両親に持つ聡明な彼女は、今やモデル・女優として活躍する時の人である。
 そんなリタが今年、ゴールデンシネマ賞のプレゼンターとして登場した。
 真珠をふんだんに散りばめ、真っ白に光り輝くオートクチュールのドレスに身をまとったリタは、瞬く間に会場を埋めた観客の視線を集めることとなった。このドレスは、洗練されたニューヨークのブランド、カール・クリス社の自信作で、トップデザイナーのカール自身が社運をかけ、リタと綿密に打ち合わせたものだった。
 レッドカーペットの上に立つ女優たちが、眩しいほどのフラッシュを浴びている。だが、その中でも一際輝いていたのは間違いなくリタだった。メディアは、彼女のドレスの噂で持ちきりになった。
「似合ってるね。今日のリタ、すごく輝いてる。それにしても大きな真珠だ。いったいどれくれいの数を使ってるんだろ」
「うーん、胸元から腰のラインまででしょ。相当な数ですよね、きっと」
「どこのドレスだ?」
「カール・クリス本人のデザインだそうです」
「かなりの入れ込みようだな」
「本物のアコヤ真珠って噂ですよ」
「まじかよ……」

 ところがその二日後、一転して新聞各紙に
《超高級真珠ドレス盗難》の記事が躍った。
「盗まれたって? あれだけの真珠だもんな」
「6000個ですよ、本物の真珠が」
「それで、リタは今どこにいるんだ?」
「ショックで、ホテルの部屋から一歩も出てないようだぞ」
 宿泊先のホテル・ロスアンジェルスは、すでに取材陣が殺到していた。
「警察はさ、犯人がドレスのパールをはずして売るのではと見込んでいるらしいよ」
「ずっとホテルに張り付いてるけど、全く動きなしだ。防犯カメラが役に立たない位置だったなんて、そんなことあんのか?」
「彼女の部屋に出入りした者がいないっていうのさ……。いよいよわからなくなったぞ」
「警察も頭を抱えちまってるってわけだ」
「で、カール社はなんか言ってきた?」
「ついさっきコメントを発表したらしいよ」
《あのドレスはリタに敬意を表し、彼女と協力して作った我が社にとっても大切なものです。早く戻ってくることを切に願っています》

 が、翌朝になってそれを嘲笑うかのような犯人からのメッセージがマスコミに届いた。
「クソッ、真珠は偽物じゃねえか! あんなもの、ごみ箱にぶちこんでやったぜ」 
 犯人の予告通り、ドレスはホテルのごみ箱から、ほとんど無傷の状態で発見された。ほんのわずかに真珠が外れていた以外は。

 遡る二日前、リタは大舞台の仕事を周囲の期待通りに終え、約束通りずっとホテルの部屋でカールからの連絡を待ち続けていた。
(どういうこと? これだけの賞賛をあびたのに……)真珠のドレスをじっと見つめながら、いまだ何も言ってこないカールに対して疑念が湧いてきた。
 そこへルームメイキングに入ってきた女性が、部屋のドレスを見て思わず息をのんだ。
「まあ、なんて豪華なドレス……。実は私の故郷もケニアでね、あなたは祖国の希望よ。ほんとに誇らしいわ!」。 
 澄んだ瞳を潤ませながら話す彼女を見て、リタは急に思いついた。
「そうだ、あなたにならお願いできるわ」
 リタは洗面所から小さなはさみを取り出すと、ドレスの真珠を2粒外して彼女に託した。
「これを持っていって、鑑定に出してほしいの。今すぐ、急いで!」
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