『広子とプー吉』
 ある初冬の日。広子は、玄関の外でうろちょろしていた犬を、やもめ暮らしの慰みにと拾って家へ入れた。その老犬は、人間年齢で広子と同じ七十歳ぐらいになっており、プードル犬だったので、プー吉と名付けた。
 プー吉はまだまだ元気で、プードル特有のふさふさとした毛をなびかせて得意げに歩いている。毛並みは艶があって、金髪で美しい。広子はと言うと、頭の毛は数年前から途端に寂しくなっていた。プー吉を眺めていると、そのふさふさ感が羨ましくてたまらない。
 よし! と広子は思いつき、ハサミを出してプー吉の胴の毛を一部、切りとった。そして自分の頭の薄いところへ貼りつけた。てっぺんだけが金髪で、なかなかオシャレである。
 街中を、これで歩いてみた。みんなが振りむいて見るが、へっちゃらだ。流行の先端を行っていると思えばいい。
 ところが一か月も過ぎると、その金髪がどんどん増えだした。切っても、切っても増えてくる。広子の頭は、金髪ですっかり覆われてしまった。「まあ、このスタイルもまんざらではない」と気に入ったのだが、具合の悪いことに、腕や脇にも金髪が生えてきた。
 広子は驚いて獣医のところへ駆け込む。
 医師は若い男前で、こう言った。
「林さん、これは珍しい現象です。あなたの遺伝子とプードルの遺伝子が偶然一致しているため、スムーズに毛が移植されたのです。もし我慢できないほど厭でしたら、犬を殺さなくてはいけません。如何いたしましょう」
 広子は、そんなバカなと一瞬思ったが、イケメンに免じて「よく考えてきます」と、医院をあとにした。
 私とプー吉の遺伝子が一緒だなんて、これもなにかの縁である。殺してしまうなんて、とてもできない。広子はプー吉が大好きなので、しばらく様子をみることにした。
 しかし、その後も、毛はどんどん増えてくる。切ったり刈ったりしても追いつかない。とうとう広子の全身が、プー吉と見分けがつかないくらい金髪だらけになった。プー吉は、広子を姉弟のような目でみる。
 この姿は、人目には奇怪に映るだろうが、広子は平気だった。なぜなら、身体が羽毛布団に覆われているみたいで、とても軽くて暖かい。ちょうど真冬の最中だが、コートが要らないのだ。とはいっても、外へ買い物に出るときは、人間らしく上着をひっかけるが。
 季節が春を迎えると、広子とプー吉はずっと親しくなっていた。本当の姉弟のように、いつも一緒にふざけて遊ぶのだ。勿論、そのときは広子も家の中を四つ足で歩く、走る。
 驚いたことに、この体勢がとても快適で楽なのだった。広子は元来、腰痛もちなので、大いに助かる。しかも、スムーズに動ける。
 夜、人がいない公園で毎日のように、プー吉と走りっこをしたりして競い合うようになった。でも、四つ足生活の先輩プー吉には、まだまだ敵わない。そのうち抜かしてやるぞと、広子は日々、練習に忙しい。

 梅雨のある日のこと。広子が二本足で外出している隙に、プー吉が悪いものを食べたらしく、冷蔵庫の前でぐったりとなって倒れていた。帰宅した広子は大慌てで病院に電話を入れ、先生に家へ来てもらう。
「食あたりで、毒が全身に回っています。高齢で抵抗力が弱っていたのでしょう」
 男前の若い先生は泣きながら裏庭に穴を掘って下さり、広子は、その穴のなかへ静かにプー吉の亡骸を埋めて合掌した。
 医師が帰って独りになると、広子は全身から金毛がすべて抜け落ちていることに気付いた。広子はまた、もとの普通の人間の老婆の姿に戻ったのである。

 すっきりしたが、淋しくてしかたがない。
 だから広子は今も、家の中では四つ足で歩いている……。
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