『僕が死神を見た日』
モリタケ
 僕が花束を抱えてその病室に入った時、見知らぬ男がベッドの横に立っていた。
 男は、寝ている彼女の顔を上から覗き込むようにして、じっと見ている。
 彼女がひとりで寝ているものだと思っていた僕は驚き、慌てて部屋から出て行こうとすると、彼が顔もあげずに声をかけてきた。
「ボクが見えるのかい?」
 そう言われた僕は、足を止めてもう一度その男を見てみる。黒づくめの服装で、今までに会ったこともない人物だった。
「もちろん、見えますが」と、意味が分からぬまま、彼の問いに僕は答える。
「そうなんだ、珍しいね」
「どうしてですか?」
 僕は続けて、「失礼ですが、あなたは?」と聞く。
 そこで男は初めて顔をあげ、僕を見た。蒼白だが端正な顔立ちで、年齢は僕より上とも下とも思える。そして彼はこう答えた。
「ボクは、『死神』だよ。まあ、君たちの世界の言葉で言うと、だけどね」

 しばらく呆然とし、男の言ったことの意味を考えていた僕は、不思議なことだがすでにそれを信じていた。普段から霊感などがあるわけでもない。理由は分からないが、男の超然とした佇まいや、はるか遠くから響いてくるような独特の声のせいだろうか。
 死神、と名乗った男に僕は尋ねた。
「鎌、そう鎌は持っていないんですね?」
「鎌? ああ、君たちの描く絵にはよく、大鎌を持ったドクロの姿が描かれてるね。でも、ボクはあんなのを持ったことはないなぁ」
「彼女は」と僕は、ベッドの上に青白い顔で横たわっている女性に目を向ける。
「彼女は、もう長くないんですか?」
「どうなんだろうね。実は、ボクにはそういったことは全く分からないんだよ。ただ、君たちのいるこの世界から旅立つのを見送るのだけが、あくまでボクの役目なんだ」
「あなたが現われてから、どれくらいで人は死んでいくのですか?」
「そうだなあ、君らの時間で言えば、早ければその日のうちか、遅くても三日くらいだろうか。色々だね」
 僕は男の言葉を聞きながら、彼女をじっと見つめていた。
「つかぬことを聞くようだけど」と死神。
「この女性は君にとって、とても大切な存在だったのかな?」
 僕はしばらく考え、ようやく答えた。
「とても」
 そして、急に心の中に沸きおこった怒りとともに叫ぶ。
「彼女はとても大切な、いや僕のすべてと言ってもいい女性だったんだ! だけど……」
 次の言葉を放とうとした瞬間、心臓を鷲づかみにされたような激痛が走った。
 遠のく意識の中、男が微笑むのを見た気がし、ようやくすべてを悟った。
 あぁそうか、死ぬのは僕だったのか――。

 男は、床に倒れた若者のそばに立っている、少し前に現れた別の死神に話しかけた。
「君も来てたんだね」
「ああ、急に呼ばれてな」
「君が見送った彼は、いったい何者なんだ?」
「コイツは、そこの女のストーカーでな。冷たくされた腹いせに刃物で刺して重症を負わせ、死ななかったと知って、もう一度襲いにここまで来たんだ」
見ると、花束に隠されていたナイフが床に転がっている。
「ただコイツも、心臓に持病があったのさ」
「……」
 無言のまま若者に目をやる男に、仲間の死神が、「じゃあオレはもう行くが、お前はその女の担当なんだろ?」と、声をかける。
「そうなんだ。ボクはもう少し待っているよ」

 後から来た仲間が去ったあとの病室に、今は男だけが残り、ベッドで寝ている女性を静かに見つめていた。
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