『マリンの尾ひれ』
MARIKO
 南の国の小さな島に、年は十八、マリンという名の美しい娘が住んでいます。
 マリンは、まるで人魚のように華麗に泳ぎ、日がな一日、魚と戯れていても退屈しません。
 ある日、穏やかな春の海に今まで見たことがない魚が現れました。マリンと背丈が同じくらいで、虹色に煌めく鱗に覆われています。
 ひと目で気に入ったマリンは愛しい思いで、思わず煌めく鱗に、頬ずりしました。
「今日から、あなたをレインボーと呼ぶわ」
 レインボーも、尾ひれを揺らして応えます。
 マリンとレインボーはいつも一緒に過ごし、まるで恋人同士のようでした。マリンは家にいても、すぐレインボーに会いたくなります。半年も経つと恋心が募りすぎて、ついに陸では息が上手に出来なくなりました。
 毎日毎晩ただ苦しそうに、さめざめと泣くばかりの娘を見かねて、両親は島の生き字引の婆様にお伺いを立てることにしたのです。
「娘が『人魚になりたい』と、息も絶え絶え苦しんでいます。どうすればいいでしょうか」
「そこまで思い詰めてるなら、人魚にするしかないのぉ。レインボーとやらを見つけて、その鱗をすべて剥がして娘の足に張り付けるのじゃ。強く大きな尾ひれが出来るじゃろ」
 両親は婆様の言うとおり、マリンに内緒で、すぐにレインボーを捜しに行きました。
 不思議なことにレインボーは波打ち際までやってきていて、簡単に捕らえられたのです。
「お前が鱗をくれたら娘は人魚になれるんだ。娘は、お前がどんな姿でも愛し続けるだろうから、どうか許しておくれ」
 両親は涙しながら、レインボーの鱗を剥がしました。こうして何も知らされないまま、マリンは念願の人魚になれたのです。
「レインボーとお揃いの虹色に煌めく鱗だわ。なんて美しい尾ひれでしょう!」
 大好きな魚たちの言葉も解るようになり、マリンは活き活きとして海で暮らし始めます。
 
 でも肝心のレインボーは、待てど暮らせど、どんなに名前を呼んでも現れてくれません。
 実は、レインボーは他所の国から来た人間で、魚の姿に変えられた青年でした。
 一年前、魚を乱獲する密漁を繰り返して、南の海を支配する魔王に激怒されたのです。
「海の秩序を乱した罰だ。お前も魚になれ!煌めく鱗は、お前に殺された魚たちの涙だ。その鱗が剥がれない限り、人間に戻れない」
 レインボーは初心なマリンを誘惑し、人魚になりたいと思わせて鱗を擦り付ける策略を巡らせました。
「やったぞ! バカな親娘のおかげだな」
 有り得ないことに、鱗が剥がれたおかげで人間に戻れたレインボーは、さっさと自分の国へ帰り、海と関係ない暮らしを始めました。
 
 そうとも知らないで、マリンは必死でレインボーを捜し回っています。マリンのことがあまりに不憫で口を閉ざしていた魚たちから、本当のことを全て聞いても諦められません。
「たとえ人間に戻ったとしても、レインボーが海を忘れる訳がないもの。きっといつか、また舟に乗って私のところへ来てくれるわ」
 マリンはレインボーを恋しく思いながら、煌めく鱗を撫で下ろします。
 見かけない漁師の舟が通るたびに、今度こそレインボーと会えるに違いないと信じて、マリンは舟の真横に近付いて叫びました。
「私、マリン。見て、あなたに貰った虹色に煌めく鱗よ。ほら、美しい尾ひれでしょう!」
 マリンは、涙の数だけ強く大きな尾ひれを何度も高く掲げては、勢い余って舟の横面を張り倒してしまうのでした……。

 今も、南の国の人々の間では、実しやかに囁かれています。
『思いがけない漁船の転覆事故が起こるのは、哀れなマリンの尾ひれのせいなんだって』

 有り得ない噂話には、たいてい『尾ひれが付いている』ものです。

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