『五体満足・顔不満足』
美絵
 ツンとして、少し尖った形の良い鼻。
 つぶらな瞳。
 バラの花びらのようで、男性でなくても、思わず口づけしたくなるような愛らしい唇。
 二十四歳の肌には、シミ一つない。
 その顔をナチュラルメイクで仕上げる。
「よし!」
 亜紀は満足げに鏡の前から離れた。
「おーい」
 リビングから三歳上の夫、亮太の呼ぶ声が聞こえる。
「あなた、お待たせ」
「きょうも、綺麗だよ。体は大丈夫かい?」
「予定日が近いから、もう、いつ生まれても不思議はないわ」
「亜紀はお産で大変だろうけど、僕は楽しみだなぁ。君に似た可愛いお姫様と、早く、ご対面したいもんだ。親父やお袋も、待ちかねてるよ」
「女の子は父親に似るというから、あなたに似た女の子なら美人に間違いないわ。だってあなたは、とってもイケメンで素敵なんだもの。私も早く赤ちゃんに会いたいわ」

 その日、産院の待合室で、急に産気づいた亜紀は、無事に出産を果たした。
「五体満足な女の子ですよ」
 医師の声を聞いた途端、亜紀は、疲れと安堵で深い眠りに落ちた。

 どこからか姑と舅のヒソヒソ話が聞こえる。
「やっぱり、恐れていたことが……。亮太が生まれた時と同じ顔をしているわ」
「五体満足だけで、良しとせねば……。しかし、女の子だからなぁ」
「可哀想に……。亜紀さんに、少しでも似ていたら良かったのにねぇ」
(可哀想にとは、どういう意味かしら?)
 目覚めたばかりの亜紀は、まだ我が娘の顔を見ていない。二人が病室から出ていった後、亜紀は独りで新生児室に向かった。
「アンコウもオニオコゼも、顔負けだわ」
 看護師たちが、ベッドに眠る我が子を指差して大笑いしていた。

「本当に、亜紀を騙すつもりは、これっぽっちも無かったんだ。小さいときから不細工と言われ続け、いつも目立たないように気を付けて過ごしていたのに。とどめは大学二年生で『ミスターブス男』に選ばれた時だった。整形しようと決めたのは」
 亮太は項垂れて、言葉を続けた。
「就活の前には、もう別人の顔になってしまって。すると、周囲の僕を見る目が変わってきたんだ。希望の会社にも入れたし、徐々に、堂々とした態度で人生を歩むことが出来るようになったんだ」
「もう何も言わないで。びっくりしたけど、亮太さんのこと、とても良く分かるような気がするの」

 亜紀は子供の頃、自分の顔をみんなが笑いのネタにしたことを思い出す。
 気にしないふりを装ったが、その時、亜紀は幼な心に、とても深く傷ついていた。十八歳になった時、家出同然で小さな漁村から逃げ出す。都会に出た亜紀は、「ブス専」と呼ばれるキャバクラの扉を叩いた。店のマネージャーの面接を受けたが“即決”採用された。
 元来、性格は良く、客や店、同僚たちからの評判も上々で、たちまち売れっ子ナンバーワンになり、店一番の収入を得る。二年ほどで数千万円の貯金ができたので「ブス専」の店を辞め、すぐに向かった先は美容整形外科だった。

 亜紀は決めた。正直になって、夫に秘密を打ち明けよう。
「ごめんなさいね。私も、あなたと同じなの」
「……」
 亮太が絶句する。
 ここに一組、隠し事の無い夫婦が誕生した。
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