『ラッキーサーカス』
こちさ
 私の町にサーカス団がやってきた。
 名前は「ラッキーサーカス」。戦争に負けて暗かった世の中に、少し光が差し込んで、人々の暮らしに娯楽が戻ってきたのだ。
 私の家は町中で小さな旅館をやっていて、八部屋しかないが、これから一か月間、全部の部屋をサーカス団が借りてくれたと、お母ちゃんが喜んでいた。南の島で戦死したお父ちゃんの代わりに経営者となっている。団長さんや花形団員以外の人たちは、裏の空き地に小さなテントを張って暮らすそうだ。

 総勢五十人ほどの団員の中に健ちゃんという子供がいて、私と同じ十二歳だとわかったので、ある日、話しかけてみた。
「この空き地で、何してんの?」
「見てわからんか。練習じゃ」
 健ちゃんは私の前でバク転をしてみせた。
「すごーい」
 思わず拍手をする。
「こんなことも、出来るぞ」
 健ちゃんは、いきなり両肩の関節を外して腕をブラブラさせ、私を見てニヤリとした。

 興行が始まる前の日、私たちは通し稽古に招待された。会場の大きなテントの中へ入ると、そこはもう別世界。サーカスには夢や笑いやスリルが詰まっていて、私は学校という日常を忘れて見入ってしまった。終りの方の出し物で、マント姿の団長さんが健ちゃんを連れて現われる。そして、小さい箱に健ちゃんを押し込めた。蓋をすると、長い剣を何本も箱に突き刺していく。私はドキドキした。でも、箱から無事な健ちゃんが飛び出してきたので、ホッと胸を撫で下ろす。でも……あんな狭い箱の中で、健ちゃんはどうしていたんだろうと、不思議な思いにかられた。
 その夜、興奮が醒めない私に、宿の飯炊きオバサンが、こっそり教えてくれる。
「あの男の子はね、産まれてすぐに母親を亡くし、生活に困った父親が団長に世話を頼んできたんだってさ」
 
 私は次の日から、学校が終わって家に帰るとすぐにサーカス会場の裏口へ行って、自分のおやつを健ちゃんに差し入れることにした。どんどん仲良くなっていくけど、健ちゃんが赤ちゃんだった時のことは聞けない。でも、「健ちゃんにはお母さんがいないのだ」と思うだけで私の胸はキュンとなり、淋しい健ちゃんの気持ちがわかるような気がした。

 明日で興行が終わる日、次の出番までの空き時間に、健ちゃんが私の部屋へ遊びに来た。私は、ずっと思っていたことを訊いてみる。
「箱の中で、健ちゃんはどうしているの?」
 すると、健ちゃんは襖を開け、私の手を取って「押入れに入ろう」と目で誘ってきた。中に入って襖を閉じると、あの箱の中と同じ世界になった。暗くて狭い。私たちは身を縮こめ、ぴったりとくっつき合う。ポキポキ。健ちゃんが、関節を外した。そして、ヘンなところから手を伸ばしてくる。
「あ!」
 私は声を上げた。
「頼む、声を出さんといてくれ」
「何で」
「いいから、お願いじゃ」
 私を見る健ちゃんの目が、暗闇の中で光っていた。異様に長い手が、もぞもぞと私の上半身をなぞりだす。やがて服の中へ、そして下着の中へ。健ちゃんの掌は、しきりに何かを探していた――。
「母ちゃん……」

 翌年、児童福祉法という法律が出来て、十五歳未満の子供は社会で働けなくなったと私はお母ちゃんに聞いた。そのせいだろうか、ラッキーサーカスから健ちゃんの姿が消えていた。誰も、その後の健ちゃんを知らない。
 私は今頃、やっとふくらんできたおっぱいを見ては、取り返しのつかない溜め息をついている。
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