『僕がまだ『ぼく』だった頃』
「お父さんの会社って、何をしているの?」
 夏の終わりの長雨の昼、ぼくは尋ねた。
「お客さんを月まで運ぶ仕事だよ」
「すごいや! お父さんは宇宙飛行士なんだ」
「いや、父さんは運転できない。他の会社が飛ばすロケットに、乗せてもらってるんだよ」
「会社の人たちの中から選ばれて、月まで行くんだね。カッコいい!」
「坊や。父さんは社長で、一人で仕事してるんだ。一人でお客さんの相手をしてる」
「みんな、月旅行を楽しんでるんだね。ぼくも行きたいなあ!」
「お客さんは、皆満足してるよ。坊やも大人になって、父さんの会社に入ったら行けるさ」
「ぼくは早く大人になって、お父さんの会社に入って、一緒に月に行きたい!」

『お父さんの会社って、何をしているの?』 
 夕立が降る夏の終わり、息子が尋ねてきた。
 僕の会社は、月に遺骨を運んでいる。遺族の依頼により、お客さんを月まで運ぶ仕事だ。そのお客さんは、生きてはいないが。
『すごいや! お父さんは宇宙飛行士なんだ』
 もちろん、ロケットなど操縦することなどできるはずがない。僕の会社と、昔から付き合いが深い業者がロケット事業をしていて、同乗させてくれるのだ。 2020年代に成金達が、月への旅行を成功させて以来、民間業者が定期的に地球から月へのロケット便を飛ばすようになった。この30年、月旅行は思ったほど普及しなかったが、今でも月への旅行は人々の憧れだ。
『会社の人たちの中から選ばれて、月まで行くんだね。カッコいい!』
 父親の仕事の状況をよく知らないとは! 小学3年生では、仕方がないのか。それにしても、自分の父親が社長であることもわからないなんて、ぼんやりし過ぎではないか。
 僕の会社の事業は、月の土地を所有していたことから始まった。昔、月の土地の売買が流行ったことがあったのだ。実に愚かな流行と言わざるを得ない。が、戯れに買ったその土地が活きる時が来た。月に墓地を作って、ロケット便で送るようにしたのだ。
 ちなみに、僕のセールスに対して客の反応は以下の通り。
「月に墓があっても、墓参りできないよ」
「墓参りする必要なんて、どこにありますか。月は毎晩、空に浮かんでいるんです。貴方は毎日、墓参りに行けますか。それに比べ、月は自動で毎日出てくる。あとは拝むだけです」
「しかし、お墓の管理が不安だなあ」
「大気が薄いので、風は吹かないですし、地震もほとんどない。動物や墓荒しもいません。墓地の管理は、私共が責任もって行います」
 このころになると、客の視線は彷徨う。白々しく悩んでいる振りをしているが、腹の中ではもう決まっているのだ。なぜ、目の前のこの男は最後の一押しをしない? 本音を隠す体のいい口実をくれ! 墓参りは面倒臭いし、墓の管理に心煩うのは、真っ平ごめんだ。
 僕は、舌で唇を湿らせ、ゆっくり口を開く。
「お宅の向う三軒両隣、皆様ご利用頂いてます」
『みんな、月旅行を楽しんでるんだね。ぼくも行きたいなあ!』
 遺族達は、皆満足しているだろう。彼らの人生から墓という問題は、取り除かれた。

『早く大人になって、お父さんの会社に入って、一緒に月に行きたい!』
 僕がまだ『ぼく』だった頃、同じやりとりを父親としたことを思い出した。流石、我が息子、血は争えない。先刻は、ぼんやりしていると思ったが、見込みがあるじゃないか。 僕が父親から継いだ会社を、息子も継ぐのだろう。
僕がまだ純真な『ぼく』だった頃、月に行く父親が羨ましく、尊敬していた。
まだ純真な『ぼく』である息子よ。月に着いても、墓地の管理はせず、遺骨も適当に撒いてるのを知っても、失望しないでくれよな。

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