「4枚小説」作品『桜の空』  


『桜の空』
ここ
「みんな、いいかい? ちょっと難しいぞ」

 椎原先生が、桜たち五年生の教室を見渡し

て言った。難しいことへの挑戦はクラス全員

の小さな自尊心をくすぐり、みんなを生き生

きとさせる。

 桜は一番後ろの席で、そんな雰囲気を感じ

て、隣に座る由紀と目を見合わせ、クスリと

笑い合った。

 白髪まじりの椎原先生は、陰ではおじい

ちゃん先生と呼ばれている。でも、大きな声

でよく冗談を言うし、誰にでも優しいから人

気者だ。もちろん、桜も大好きである。

 今は国語の時間で、外国の物語を先生が読

みあげてくれ、みんながシーンと聞き入った

ばかりだった。

――太陽が沈んで、お母さんの頭上には夜空

がどこまでも、どこまでも広がり、星がひと

つ、またたいていた――

「こんなふうに、物語の最後は書いてあるよ

ね。さぁ、この作者は何を言いたいのだろう。

わかるかな?」

 みんなは、黙り込んだ。そして、視線を天

井や黒板に泳がせている。

(あっ、わかった!)

 桜が、そう思った瞬間、教室いっぱいに元

気な手がいくつも挙がるのが見えた。

「ハイッ」「は、はいっ」「はぁ―い」

 先生は、顔を皺だらけにして嬉しそうだ。

「それじゃあ、勉君」

「えーと、星空がとてもきれいなことを言い

たいのだと思います」

「そうだなあ……じゃ、佳奈君」

「夜空が澄み切って、とても広いことです!」

「うんうん。次、翔太君はどうだろう?」

「ボクは、星がキラキラと輝いて美しいこと

だと思います」

 みんなは、それぞれ胸を張って答えた。

「君たちは、そう思うか……他には、誰か」

「はぁーい」

 再び、多くの手が挙がる。桜も内心では、

早く答えたくてたまらない。でも、気後れし

てしまい、手を挙げる勇気が出ない。

「夜の空は、寂しいことです」

 学級委員の隆が自信を持って答えた。

「おお、いいぞ」

 そう褒めた後も、先生は次々に当てていく。

 その都度、自分の思いついた答を、誰かが

先に言ってしまうのではないかと、桜はハラ

ハラした。

――信頼する国の王様に、可愛い自分の子を

殺されてしまった、お母さんの話だった――

「まだ、手を挙げていないのは誰だ?」

 先生が問いかける。桜と由紀だけが、まだ

だった。桜が思い切って右手を挙げようとし

たとき、由紀がこちらを向いて目が合った。

二人は大の仲良しだ。お互い、顔を見合わせ

ると、桜は自分だけ手を挙げるのを止めた。

 由紀の左手がスーッと高く伸びていく。

(うそッ)。桜は思わず叫びそうになった。

「はい、由紀君!」

 国語が得意な由紀は、きっと正しい答を言

うだろう。椎原先生の意地悪。二人とも大嫌

いだ。桜は心の中が夕立みたいになった。

「夜空の星たちが、泣いているように見える

ことだと思います」

「うん、いいぞ……桜君は、どう思う?」

 いつの間にか、先生が桜の横に来ていた。

 桜は、弾かれたように立ち上がる。

「はい。大切に思っていた人からむごいこと

をされて、とっても深く悲しんでいるのだと

思います」

 桜は、今の自分の気持ちを言った。

「そう! 桜君の答が、私と同じだ!」

 クラスのみんなが感嘆の声を上げる。先生

はニコニコ笑って、桜の頭を撫でてきた。

 桜は椎原先生が、また大好きになった。

 チラッと隣を見ると、くやしそうな表情の

由紀と目が合う。桜の心は晴れ晴れだ。

 ただ、最初に思いついた答とは違っていた

ことを、由紀には内緒にしておこう……。



(1行20字×80行=1600字)



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